2011年01月30日

お刺身をスパークリングワインとあわせる方法

 晴れの日などに登場するスパークリングワイン。
 シャンパンが代名詞に使われたりしています。

 私も大好きであり、頻繁にではありませんが、
晩酌にも登場します。

 スパークリングワインは乾杯にはうってつけ。
 では、お料理との相性はどうか。
 その答えは様々であります。

 例えば日本酒好きな方は食卓にお刺身も登場することが多いかと思います。
 お刺身と日本酒は素直に受け入られる相性であり、心配の少ない関係です。

 お刺身とスパークリングワインの相性はどうか?

 お刺身に醤油をつけて、スパークリングワインを飲みますと、
お刺身生臭さとワインの酸味が強調されて、相性はよくありません。

 
 お刺身 + お醤油(+わさび)+ スパークリングワイン = ×


 私はスパークリングワインも大好き、お刺身も大好き。
 なのに2つの相性はどうしてよくないのかと非常に嘆いていました。

 このままでは終れないと、無意識にも心の叫びとしてありました。

 そして、ようやくその答えが見つかったのです。


 お刺身とお醤油の相性はよいので、調味料としてはお醤油を基本とします。

 一方、スパークリングワインとお醤油の相性はそれぞれが個別に存在するような「平行」であります。
 ○でもなく×でもない△ってところでしょう。

 お醤油とスパークリングワインの相性をよくするためには何が必要なのか。

 私は「油」ではないかと思います。

 次のような仮説が成り立ちます。

 お刺身+お醤油++スパークリングワイン =  → ?

 お刺身に油が加わった物はないか?

 あります、ありますとも。
 それは和風ドレッシングであります。

 標準的にはサラダにかけるドレッシング。
 これをお刺身にも応用したらどうか。

 やってみました。

 
 たまねぎが多用されている和風の野菜ドレッシングを使いました。

 これが大成功を収めました。

 お見事 拍手 拍手 拍手 パチパチパチ

 野菜ドレッシングが加わったことにより、お刺身の生臭さも取れ、
スパークリングワインの酸味も目立つことがありません。

 お刺身 + 和風野菜ドレッシング + スパークリングワイン = 

 大好きなお刺身とスパークリングワインが結ばれました。


 マグロの赤身だけではありません、他のお刺身とも好相性であります。

 また、わさびを加えても相性の度合いは変わりません。


 お酒とお料理の相性って未知との遭遇のようで面白いです。  


Posted by 丸河屋酒店 at 15:41Comments(0)お酒とお料理の相性研究

2011年01月22日

君盃あらばしり 2011年

 君盃のあらばしりを飲んでいます。
 昨日の君盃しぼりたてに続いてであります。


 妻にも味わってもらいました。

 味わってもらう=確認   であります。

 君盃らしいかどうかの確認です。

 ただいま酔いを感じてのキーボード。
 変なことを書いてはいけないので、この辺で失礼します。  


Posted by 丸河屋酒店 at 20:30Comments(0)日本酒

2011年01月21日

君盃 初しぼり 2011年

 君盃の初しぼりを飲んでいます。


 昨年の12月に君盃さんに電話しました。

 「今度の初しぼりはいつできますか?」

 そのときの答えは、「来年じゃないかなあ」でありました。

 私は出来上がったら持ってきてくれるように思えました。
 はっきりさせなかったのですが、注文をしたつもりでした。


 しかし、今年に入っても、ちっとも君盃の初しぼりはやってきません。

 おかしいなあと思って電話をしてみますと、
 「ありますよ、ありますとも」って感じ。

 私は何だあ、もう出来ているんだあと思いつつ、
 「じゃあ、1.8Lと720mlを6本づつでも持ってきておいてくださいね」
 と注文しました。

 それがようやく今届いたってわけです。

 いつものお酒がいつもの時期に飲めて安心して寝れます。
 これってちょっと変わった中毒みたいですね。  
タグ :君盃


Posted by 丸河屋酒店 at 18:08Comments(0)日本酒

2011年01月21日

静岡酒、この名役者、この名演技3.

 静岡地酒研究会の鈴木真弓さんのWEB酒場静岡吟醸伝に寄稿しています。

 「静岡酒、この名役者、この名演技」の第3章です。

 第3章「連戦連勝 首都制圧」

 昭和の末期から目立ちはじめた静岡吟醸。
 平成になると追い風が吹きます。
 平成4年には級別制度もなくなり、酒質と価格の勝負の時代が幕開け。
 吟醸酒が従来の2級酒の酒税となりました。
 これにより従来の特級酒よりも美味しいと評価される吟醸酒があちらこちらに誕生しました。
 日本全国、吟醸酒ブームの到来です。

 静岡県は静岡酵母の特性を生かして他県をリード。
 静岡ならではの香味で酒通の消費者のみならず、地酒専門店(酒販店・飲食店)らを唸らせ始めました。
 静岡の蔵元には地元だけにとどまらず、全国を目指した最初のグループ、いわゆる先発隊も青空天井の如く昇り調子。

 人気好調の静岡吟醸を狙って、他県の酒販店も静岡詣出を繰り返しました。
 取引蔵に多額の現金を持って来ては翌年のお酒をお願いする酒販店。
 静岡の酒販店と仲良くなり、お目当ての蔵元との取引を切望する酒販店。
 静岡県新酒鑑評会、静岡県地酒祭りなど、お酒と蔵元と出会える機会をうかがう酒販店。
 これから伸びる蔵元を求めて蔵元めぐりをする酒販店・・・。

 平成に入ってからは、より一層、雑誌やテレビなどのマスコミの力が強くなってきました。
 これらは東京を中心に回っています。
 情報は東京に一極集中。地方は東京の情報を求めています。
 東京で売れれば一気に全国に広がります。
 ブーメラン効果のように地元にも広がっていきます。

 つまり東京でヒットすれば有名銘柄になり、あわよくば幻のお酒と騒がれる。

 当時の幻のお酒とは“越の三梅”でありました。
 『越乃寒梅』『雪中梅』『越の初梅』であります。
 これらを追い抜く絶好の機会が吟醸酒を中心とした地酒ブームだったのです。

 静岡酒の中には生産量も追いつけない蔵元や銘柄も出始めました。
 その筆頭を1つ選ぶならば、
 ・・・ それは磯自慢でありましょう。

 今回は磯自慢のお話です。

 地酒ブームを商売チャンスにしようと、地酒専門飲食店が大都市を中心にたくさん誕生しました。
 東京を中心とした首都圏は情報が氾濫していることもあり、地酒専門飲食店のみならず一般的な居酒屋やパブにも地酒がおかれるようになりました。

 飲食店での日本酒価格は仕入れ価格の1.5倍から3倍くらいであります。
 現実的に扱いやすいのは旧1級酒価格であった1.8リットル2,000円くらいでした。

 もし、2,000円で3,000円くらいの酒質であったならば
 ・・・ 夢のようなお話です。
 それが正夢になりました。

 静岡酒で2,000円を切る価格で他を圧倒するような、あたかも吟醸酒のような本醸造があったのです。

 使用米からでしょうか、厳密な意味では吟醸香味ではありませんが、香り高く心地よい味わい。
 一口飲み、誰もが素晴らしいお酒と口ずさみたくなる印象。
 洗米から火入れまで徹底した品質本位。蔵元の酒造りに賭ける情熱・醸魂が形になった1本
 ・・・それが磯自慢の本醸造であります。

 3,000円以上の価値にも思えるのが2,000円くらいなのですから、味見した飲食店はメニューのラインナップに加えたくなるのも当然です。

 こんなお酒をただただ黙って放っておく酒販店はいません。
 東京都内の地酒専門酒販店が磯自慢の本醸造を武器に営業を展開し、将棋倒しのように、磯自慢の本醸造はあっと言う間に首都圏の飲食店に広がりました。

 まさに首都制圧であります。

 その後は静岡県内でも東京と同様のことが起こりました。
 どこでも磯自慢は目にするようになりました。

 そして、静岡県内の各社から、他県の吟醸酒よりも評価の高い本醸造が続々誕生したのです。


 ではまた、次回第4章をお楽しみに!  
タグ :磯自慢


Posted by 丸河屋酒店 at 18:00Comments(0)講演・講座・執筆

2011年01月18日

静岡酒、この名役者、この名演技2.

 静岡地酒研究会の鈴木真弓さんのブログ「WEB酒場 静岡吟醸伝」に寄稿しています。

 「静岡酒、この名役者、この名演技」の第二章です。

 第2章「連戦連勝 その第一歩」

 昭和の終わりに満開となった静岡の大吟醸。
 全国新酒鑑評会での当時の成績は脅威とまで言われた。
 その牽引は静岡酵母であり、これは当時も今(平成23年)でも誰しもが知るところ。
 静岡県の入賞酒のコーナーは他県に類を見ない華やかな香りが漂い、これは一体どうやっているのかと、他県の業界関係者が舌を巻くほどであった。

 時代はバブルへと向かう右肩成長期。
 日本酒業界も吟醸酒ブームに沸いた。

 静岡酵母を駆使し、静岡酒を牽引してきた先発隊のひとつが大村屋酒造場。
 全国新酒鑑評会の金賞受賞常連蔵である。
 全国の地酒専門酒販店や飲食店が放っておくわけがない。

 酒問屋である(株)岡永が主宰する日本名門酒会においても、石川の「菊姫」同様、島田の「おんな泣かせ」が大ブレーク。地酒に興味を持ち、酒通になるがための吟醸酒の入門酒として全国屈指の銘柄となったのである。
                       ◇
 「おんな泣かせ」は、辛口男酒の「若竹鬼ころし」と比べ、やや甘口の女酒という位置づけもあったが、人気が高く、手に入りにくさから、「男も泣かす おんな泣かせ」、そして売りたくても入手できない酒販店も困らす「酒屋泣かせ」でもあった。

 筆者も泣かされた酒販店であり、当時は11月にもなると、お店に入るやいなや「おんな泣かせってお酒ありますか?」とおっしゃるお客様が毎日のように来た。

 どこのお店に行っても売り切れで、来年の予約を勧められるそうである。

 なければないほど欲しくなるのが人情。
 手に入れたい人は血眼になって、ありそうな酒販店を回ったことだろう。
 私もそんなに売れるお酒ならば、是非売りたい。どうにか店に並べることができないかと地元の地酒専門問屋にお願いしたが、「毎年、製造本数は決まっていて、売れるからといって簡単には増やせない、そういう酒だから仕方がないですよ。限りなくあれば、我々だって儲かるのにねえ」と言われた。

 それでも諦め切れず、どうにかならないかと詰め寄ると、入手本数を販売実績によって振り分けるので、まずはその実績を作ってくださいと言われた。実績とは「おんな泣かせ」の販売本数ではなく、大村屋酒造場の他の製品のことのようだった。

 これは蔵元からの約束事ではなく、欲しがる酒販店の多さに困ったその酒問屋が裁断したことだったと記憶している。

 やはりすぐに売れる物だけを欲しがるのは虫が良すぎる!
 売れる銘柄を持つにはそれなりの取り組みがあり、実績が追いついていかなければならない!

 ・・・これが飲食店ならば、好きなものを好きなだけ仕入れられるのになあとも嘆いた。

 こんな状況であったため、「おんな泣かせ」の販売は半ば諦め、それでもなお飲みたいがために、自分の飲み分は伊勢丹などに予約をしたほどだ。

 伊勢丹の予約も早い者勝ちであり、11月上旬の発売前である10月には予約も終了。
 予約できる数も一人2本までであった。
 私も酒販店ながら、一般消費者同様に予約名簿帳に自分の住所や電話番号、希望容量と本数を記入して入荷の連絡を待ったものだった。
                       ◇
 「おんな泣かせ」のラベルに映える、特定名称の最高の格付けとも言える純米大吟醸の文字。
 酒としては珍しかった銀色の背景紙に浮かぶ浮世絵。
 ・・・これらを見るたびに惚れ惚れとしたのは私だけではないだろう。

 約1年の熟成による角が取れたまろやかな口当たり、口の中でもほどよく薫る花のような吟醸香、よくこなれた蜜のような甘美の「おんな泣かせ」は、特級酒、一級酒、二級酒を飲んできた酒通の常識を覆させ、地酒の新しい時代を予感させる存在になった。

  まさに「おんな泣かせ」は元祖静岡吟醸ブランドとなり、連戦連勝の火付け役、第一歩となったのである。

 筆者も東京など静岡県外での地酒営業の際、飲食店主から「おんな泣かせ」の名が出る度に、静岡酒の知名度の向上を肌で感じ、ひそかに自慢していたものであった。


 次回の第3章は21日に鈴木真弓さんのWEB酒場静岡吟醸伝からも公開されます。  


Posted by 丸河屋酒店 at 17:25Comments(0)講演・講座・執筆

2011年01月17日

静岡酒、この名役者、この名演技1.

 静岡地酒研究会の鈴木真弓さんのブログに「WEB酒場 静岡吟醸伝」があります。
 静岡吟醸を愛すものたちの静岡吟醸に対するリレーエッセーです。

 私も静岡吟醸を愛する一人として静岡酒について書かさせていただいています。

 シリーズタイトルもじっくり考えてこれに決めました。

 「静岡酒、この名役者、この名演技」

 いかがですか?

 まずは寄稿した第一作をお読みください。

 第1章「静岡吟醸、はじまりの予感」

 時代は昭和の終わり頃。
 ここは静岡市牧ヶ谷にある静岡県工業技術センターの2階のある小部屋。
 私は幾度となく通いつめ、つかみどころない酒の正体を知ろうと躍起になっていた。
 酒屋の酒知らずではいられなかったからである。

 私を相手にしてくれたのは、素朴で風格のあるこの部屋の主と、もう何日も家に帰って寝ていないような、ぼさぼさ頭の科学者。
 お酒の本を貸してもらったり、酒議論を何時間もした。

 ある日の昼過ぎにこんなことがあった。
 私と、この部屋の主がいつものように酒議論をしている時、ある初老の男性が入ってきた。
 喋る口調から静岡人でないことはわかり、これは酒造従事者それも杜氏ではないかと私の気持ちは高ぶった。

 ところが入ってきた客の顔を見るなり、部屋の主の顔は硬直し、これまで見たことのない形相になった。 そして、「おい、帰りなさいと」私に退出命令が下された。

 私は素直に部屋を出たが、これから何かがはじまるのではないか、人には見られたくない何かが・・・そうだ!よっぽどのことがあるはずだ、と思った私は、廊下で聞き耳を立てて、部屋の隙間をのぞいてみた。

 主は言う。「おい、持ってきたか?」「どう、見せてみろ!」と。

 初老の男は右手に握っていたあるものをそっと手渡した。
 それは麹であった。
 やはり男は杜氏であった。

 主は手渡された麹をじっくり見て、矢継ぎ早に怒鳴った。
 「お前、俺の言うことをちゃんと聞いてやってるのか?」、
 「これで満足な大吟醸ができると思っているのか?」、
 「これじゃあ、渡せんな!」

 ・・・息詰まる部屋の空気、私の心臓はもう壊れるくらいの心拍数。
 怖くなって、部屋をあとにした。

 この後のことはわからない。
 しかし、杜氏がもらいにきたのは静岡酵母。
 鑑評会に出品するための大吟醸を造るためにほしかったのだろう。

 男と男のプライドの対決。その迫力に腰抜けた私だった。

 この部屋の壁には日本酒の作り方が絵で紹介されていた。
 『開運、土井酒造場寄贈』となっていた。
 開運は静岡酵母HD-1の生まれたところであり、開運大吟醸は静岡吟醸の基本となったお手本なのだろう。

 後日、私は主にこう切り出した。
 「みんなが静岡酵母を使うと、似たり寄ったりになってしまうのではないでしょうか?」。

 主はこう答えた。
 「酒は酵母だけではない。麹もある」「麹造りが大事なんだよ」と。 

 更に続けて、
 「酒屋だったら、今まで金賞を取ったところ以外の蔵元に力を入れろ、必ず伸びる。俺がそうする」。

 主とは河村傳兵衛先生であり、ぼさぼさ頭の科学者はスタッフの大石先生でありました。



 静岡吟醸伝は私以外にもたくさんの静岡吟醸を愛する方々が書いています。
 是非訪問してみてくださいね。

  

Posted by 丸河屋酒店 at 18:26Comments(2)講演・講座・執筆